第2回(第1話)- 西中山 妙福寺(練馬区南大泉)

 

 

約1170年前に創建

妙福寺の正式名称は「日蓮宗 西中山 妙福寺」。
もともとは嘉祥3年(850年)に慈覚大師円仁よって創建された天台宗の寺院で当時は寺院名は慈覚山大覚寺といった。
その後、弘安5年(1282年)下総国(現在の千葉県)にある法華経寺の日高(にちこう)がこの地を訪れ日蓮宗の教えを地元の農民などに説法した。
そして元亨2年(1322年)、大覚寺住職日延は法華経寺の日祐の教えを受け、大覚寺と妙福田寺を合併して、妙福寺とした上で、日蓮宗に改宗した。
当初は法種山(ほっしゅざん)と名乗っていたが、後に法華経寺の貫主が当寺の住職を兼任してきたため、法華経寺のある下総国・中山に因んで「西の中山」と称するようになり、山号も西中山と名乗るようになった。
また江戸時代になると徳川将軍家から祈願所とされ、21石5斗の朱印地を授かり格式ある寺院になったとされる。

 

広大な敷地を誇る妙福寺

8代将軍・徳川吉宗の時代に建てられた妙福寺の本堂には本尊である釈迦像と日蓮聖人像がある。
また広大な敷地には仁王門、祖師堂、客殿、鐘楼、三十番神宮、鬼子母神堂、そして桜の季節には見事な枝垂れ桜がある。
まずは祖師堂へ着いた里見さん一行は、妙福寺が日蓮宗への改宗に至ったエピソードをはじめ、さまざまな「歴史」の説明を受ける。
建造物のひとつひとつにも物語があることを聞いた里見さんの感想は――。

「白い綿」をかぶる日蓮聖人

妙福寺には祖師堂、本堂にそれぞれ日蓮聖人像を祀っているが、共にこの時期「白い綿」をかぶっている。
これは日蓮聖人がご存命だった当時、反感を持っていた武士に切りつけられた傷が「冬になると痛む」ことを案じ、寒い時期には温めるためにかぶせているのだという。
写真は本堂の日蓮聖人像。
その後ろにはお釈迦様の像が祀られ「まるで日蓮聖人を守るようだ」と思わず里見さんはつぶやいた。

長持には「葵の御紋」が…

あの「篤姫」の奉納品

本堂へ向かう途中で里見さんが見つけた長持(嫁入り道具などの収納に用いた長方形の木箱、昔の物入れ)は、なんと「葵の御紋」が…。
妙福寺は江戸時代に徳川家から祈願所とされていたこともあり、数々の徳川家ゆかりのものがある。
この長持の中には、徳川幕府からのお手紙や過去帳など数々の歴史に残る貴重な品が。
この長持は、「天璋院」こと篤姫の奉納品であった。
※天璋院…篤姫(1836年~1883年)篤姫は13代将軍・徳川家定の妻。

企画・製作・著作
一般社団法人 日本地域振興新聞社
後援 公益財団法人 全日本仏教会
出演
妙福寺 第43代住職 戸田了達
MC・里見浩太朗
ゲスト・目黒祐樹
ナビゲーター・川島ノリコ

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