裏道散歩で歴史上の偉人・伊能忠敬の墓所を知る

雲一つない秋晴れの一日、久々に裏道散歩へ。
浅草通りと清洲橋通りが交差する稲荷町駅前に立つが、さて今日はどの辺りを散策しようか。
足が自然と清洲橋通りへ向く。

ほどなく右手に上野小学校があり、もっと裏道を歩きたい衝動にかられ小学校横の細い道に入る。
するとすぐに源空寺というお寺の墓地があり、入り口の「史跡 伊能忠敬墓」という門柱が目に入った。
「日本中を測量し、日本地図を完成させたあの伊能忠敬?」。
教科書やテレビや映画でしか知りえなかった偉大な歴史上の人物がこんな間近に眠っていたなんて。

さっそく中に入り「東河伊能先生之墓」の号が刻まれたお墓に手を合わせ、そばに立つ案内板の説明を読み、隣に並んで建つ「高橋至時」との関係なども初めて知る。
ほかに誰一人いない静寂の中、まるで時間が止まったようだ。

墓地を出て小道を挟んだ向かいが源空寺だが、正面左側には「谷文晁墓」「幡随院長兵衛墓」の案内板が立っている。
谷文晁が江戸時代の画家ということは知っていたが、幡随院長兵衛は芝居などで見聞きした覚えはあるが、まさか実在した人物とは思っていなかった。
もしかするとこのお二人も今お参りしてきたばかりの伊能忠敬と同じ墓地の中に眠っていたということなのか。
残念だがそれはまたいつの日かの散策の楽しみに残しておこう。

境内に入ってすぐ左手には3代将軍家光が寄進したといわれる大きな鐘楼、余分なものを全く排除した簡素なフォルムの寺の外観、きれいに掃き清められ少し色づき始めた境内。
本当に久々に心落ち着くお寺に出会った。
散歩の目的は人それぞれだろうが、歴史に興味のある方は是非一度訪れてみてはどうだろうか。

(地域ライター ひがしいずみ わこ)

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