意外と知らない!?渋谷区の地名由来

日本有数の繁華街として知られる渋谷区。
渋谷区に住んで、8年程経ったが、そもそも自分が住んでいる地名について考えたこともなかった。
今回、地域新聞の記事を書くことをきっかけに、渋谷の各地名の由来をざっくりと調べてみた。

恵比寿

明治20年、恵比寿4丁目にビール工場が誕生し、2年後にできた製品「ゑびすビール」がきっかけ。
戦後、区画整理で現在の恵比寿に至る。

笹塚

江戸五街道のうち、唯一区内を通っていたのが甲州街道でその両側に塚があり、その上に笹が生い茂っていたことから「笹塚」と呼ばれるようになったという。

猿楽

源頼朝がこの地で猿楽を催し、その道具を埋めたことから。
風景の良い所だったため、長者が宴を行い、心のウサを晴らし、「去ヶ苦」と言われ、後に「猿楽」と記すようになった。
いずれにしろ、猿楽塚という塚が地名の由来のようだ。

松濤

「松濤」とは、茶の湯の釜のたぎる音を、松風と潮騒にたとえた雅号で、この銘の茶が生産されていた。
後の昭和3年、松濤が地名となる。

神泉

江戸時代に刊行された『江戸砂子』によると、「此処に湧水あり、昔空鉢仙人此谷にて不老不死の薬を練りたる霊水なる故斬く名付しと言ふ」とあり、古くから霊泉として知られていた。
江戸時代から明治20年頃まで、弘法湯として栄え、後の円山を中心とする盛り場の発祥地となった。

代官山

「代官山」という地名は、江戸時代の小字名として登場している。
代官の屋敷があったから、代官の持ち物の山林があったからなどと言われている。しかし、その名の由来を示す資料は残っていないようだ。

道玄坂

江戸時代に作られた地誌類によると、和田義盛の残党、大和田太郎道玄が、大永4年渋谷氏滅亡後にこの坂に出没して、山賊野党の振る舞いをしたと伝えられている。
また、『天正日記』によると、道玄庵という寺の庵主が徳川家康に由緒書を出していることから、その寺の名をとってこの名がつけられたとのことである。

幡ヶ谷

後三年の役の後、源義家が上洛し、その途上、白旗を洗ったという「旗洗池」に由来する。

初台

徳川幕府が成立した頃、功臣に土井利勝がいた、その弟である土井昌勝の妻は、2代将軍徳川秀忠の乳母となり、「初台の局」と呼ばれた。
初台の局が天正19(1591)年、当時の代々木村に二百石の知行地として賜ったところで、晩年この地に隠居したことから、地名が「初台」になったといわれている。

広尾

昔はツクシが生えており、「土筆ヶ原」といわれたが、その後「広野」となり、元禄検地(1688年~1703年)のころから「広尾」と呼ばれるようになったそうだ。

代々木

戦国時代の書状に、「代々木村」の名がすでにあり、江戸時代には大名・旗本の屋敷地があった。
この名は、村人が代々サイカチの木(豆科の落葉高木)を生産したことにちなんでいるという説がある。

自分の住む町を知る

今回、ふとした理由から「地名の由来」について調べてみたが、自分の住む町については意外と知らないことが多い。
また、機会があれば書かせてもらおう。

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